売買に限らず、不動産の契約に至るまでにはいろんな書類を書いたりサイン、押印をする機会があります。他の商品では考えられないくらいの書類がある、知らない人から見れば異常な世界に思えるでしょうし、混乱しても無理はありません。
不動産の契約をする事自体人生のうちでそう何度も経験することではないので、どのタイミングで契約になるのか解らなくなってしまうかも知れません。
ただ不動産の売買契約については、本契約前と本契約後では天地ほどの違いがあり、莫大な金額の損害が出る可能性があります。
本コラムでは、不動産の売買におけるキャンセルの定義と、そのタイミングによるキャンセルの条件や損害賠償の例について説明していきたいと思います。
契約とは
宅建士のテキストを開くと大体一番初めにあるのがこの、契約に関しての説明です。不動産を生業にするために最初に必要な知識が契約だよ。と刷り込まれているのです。
とても難しい文言が多く理解に苦しむのですが端的に言えば当事者双方の意思が合致した状態のことを契約成立と言います。
この中で売買契約に関しては民法に定義されていて
民法第555条 売買
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払う事を約することによって、その効力を生ずる。
とあります。
不動産に当てはめて考えてみると
・該当する不動産を
・提示した金額で
・売主は買主に売却する
・買主は売主に代金を支払う
で、この中に虚偽、錯誤、強迫、詐術があった場合については解除が出来る。と言うのが不動産売買契約のざっくりした定義です。
つまり、
売主はあなたにこの金額で売りますよ。
買主がそれに応え、では私はこの物件を購入するためにあなたに○○円お支払いしますよ。
口頭でこういう話をしたとしてもこれで契約成立している事になるのです。
ではなぜ不動産の世界には書類がたくさんあるのでしょうか?それについて次項で考えてみましょう。
不動産取引は売買契約書に記名捺印しない限り成立しない
不動産の世界に書類がたくさんあるのはなぜなのでしょうか?不動産の売買には大きなお金が動くからです。
売主にも買主にもその間を取り持つ業者にもそれなりの準備に手間やコストがかかっていますし、それぞれの事情で契約、決済の日を当て込んでの段取りも勿論あるでしょう。
筆者は長く業界に身を置いていて自身の勝手な解釈ではありますが、本契約より前に取る書類は、前項の契約と言う概念において、当事者双方の意思が合致していることを示す証文であると考えています。
あてが外れて困る契約関係者の三者のうち、おおかたの場合においてプロは業者だけです。しかも契約当事者ではありません。
プロは当事者の気変わりを恐れ事有る毎に当事者から証文を取り意思確認をし書類を取ります。書類をとられる事で契約当事者は契約を遂行しなければ許されない錯覚に陥ってしまいます。
現実的に売買契約書を交わすまでの書類には何一つ法的拘束力はありません。なので私はこれらの書類について、悪い言い方をすれば素人を揺さぶる小道具程度にしか思わないのです。
ここで皆さんにお伝えしたいのは、不動産取引における契約と言うものは、売買契約書を売主買主双方が納得をして記名捺印をし、添付書類と一緒に提出したときに初めて成立するのだと言う事です。
それまでの買付証明書に始まり、商談申込書、ローンの仮審査書類などに何の法的拘束力もありません。本コラムを読まれた方だけにはこっそりお教えしておきますので、覚えておいてください。
不動産売買のキャンセルやタイミング
前項で契約のことについて詳しく説明したのには訳があります。
聡明な読者の皆様はもうお気づきかと思いますが、キャンセル、つまり契約の解除にはその種類、タイミングがあり、そのタイミングによって法的に賠償責任やペナルティの有る無しが関わってくるのです。それを端的に伝えるために前項で少ししつこい目に触れさせて頂きました。
キャンセルのタイミングについては、売買契約書の調印を境に手前では法的拘束力はなく、調印後は法的拘束力がある。と言う事です。
例えば手付金の扱いですが、売買契約書を交わした後契約の解除をする場合、売主都合であれば預かった手付金の倍額を買主に返還、買主都合であれば手付金を放棄することでこれが可能であると定義されています。
これが売買契約書を交わす前のキャンセルであればそもそも解除する契約自体が存在していないので扱いとしては治外法権、フリーなのです。双方自由にキャンセルすることが出来るのですが注意しておきたい点として法的拘束力が無いこと。
その準備に大きなコストがかかっている契約を前提とした場合には逆に巨額な損害賠償を伴う民事訴訟に発展しているケースもしばしばみられます。
不動産売買に関する賠償請求の事例
賠償請求についてはいろいろなパターンがあります。丁度私の経験上に売買契約の前と後で一例づつ、極めて痛い例がありますのでご紹介します。
売買契約後に決済金が用意出来ず、売主側から提起された訴訟の例
これは筆者自身が買い付けにかかった物件の例です。大阪市内の区画整理事業地内で底地15坪、築18年の中古一戸建てがありました。この家屋は道路用地として市に収用される事が決まっていて、現状空き家でした。
そこで筆者はこの物件を会社で購入して1階の駐車場部分を飲食店舗に改装し、店舗付き住宅として個人で賃貸契約を結び数年使用し、土地を収用させた上に建物補償と営業補償を徴収しようと考えました。
そこで物件所有者にアポイントを取って買付証明を出し、手付金を支払って売買契約を交わしました。
その後決済に必要なお金が会社で段取り出来ず、契約を解除してしまったのです。
これに怒った売主側が、流した手付に止まらず一方的な契約解除を理由にその倍額の慰謝料を求める民事訴訟を提起してきたのです。判決は完全に売主側の内容を反映し、手付放棄+400万円の賠償命令。
物件は手に入らない上に手付金はパー。その上に慰謝料まで請求されまさに踏んだり蹴ったりな経験でした。
売買契約前に改装の負担を売主にかけ、その後契約前キャンセルに伴い提訴された例
次に近隣であった事例ですが、買取依頼が来て業者データベースに掲載していた物件(底地80坪、建物延床130坪の鉄筋コンクリート造3階建て事務所、兼住宅+鉄骨造倉庫)に問い合わせが入り、内覧の結果購入の意思を伝えられたため、買付証明書を取り売主に提出しました。
その後物件の仮押さえと言う事で買主側から手付金の申し出があり、売主側もこれを領収しました。
契約前に手付金を預かっていることで進捗のイニシアティブは買主側が握ってしまったような格好になり、その後買主側からの要求がエスカレートしてきたのです。内装リフォームや防犯カメラの設置、工作物の解体など、コストのかかる準備も早く売りたい売主は頑張ってこなしました。
その後、銀行ローンの審査が下り無かったことを理由に売買契約に至らず、買主からの急なキャンセル。
これにはさすがに売主も怒り、手付の放棄と言われるがままの改装にかかった費用を請求する訴訟を起こし、賠償請求を認める判決が出ました。
まとめ
いかがでしたか?不動産の契約にはその複雑さも相まっていろんな危険が潜んでいます。ここで皆さんに知っておいて頂きたいのは、法的な拘束力のない書類に惑わされることなく契約について正しい知識をつけておくことが大事である事と、契約の前後関係なくその成立をちらつかせた不用意な金銭の出入りはトラブルの際に大きな痛手になる可能性があると言う事です。
何事においても言えることですが、過ぎたるは及ばざるが如し。節度を保った交渉が大切であると、筆者は考えます。